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『プリズン・サークル』ネタバレ感想

コロナ自粛で、できるだけ自宅待機しているため、腐りそうなミドリンゴです。3月頭に、名古屋は今池のシネマテークさんへ『プリズン・サークル』を鑑賞しに行きました!本作はなんと、私が自主上映会を始めてからずっとお世話になっている、アニメーション作家の若見ありささんが制作に参加しています!!

若見さんの作品はこれまで、シアターカフェでも上映させてもらいました。そして、毎日こつこつとアニメーション制作に向き合う若見さんの姿勢を尊敬しています。『プリズン・サークル』は、受刑者更生プログラムがテーマということで、どのような映像作品になっているのか楽しみにしていました。1回鑑賞したのみで、感想があまりうまく書けませんでしたが、まずはまとめたので載せます!!!


TC-声なき声を包摂する
『プリズン・サークル』坂上香 2019年


Therapeutic Community(以下、TC)という、依存症などの治療プログラムがある。TCは、イギリスではじまり60年代に欧米で広がった方法で、共同体の中でメンバー同士の対話を通じて問題と向き合い、患者の精神的な回復を目指すものである。ドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』は、このTCを日本で初めて犯罪者更生プログラムとして導入した、島根県の「島根あさひ社会復帰促進センター」を取材したドキュメンタリー映画である。

この映画は、犯罪をきっかけに共同体から排除された人たちを、TCを通じて社会包摂する試みを紹介している。作中では、受刑者同士やスタッフと、対話形式のワークショップを重ねていくことで、彼らが客観的に自分を見つめなおす機会をみせていく。仲間やスタッフとの信頼関係を築きながら、コミュニティの中で自己再生を行うプロセスを伝えていくのである。

映画『プリズン・サークル』では、TCの具体的な3つの内容として、一つ目はワークショップ形式の対話を通じて自身のトラウマ的な経験を自覚すること、二つ目は講師・当事者・聴講者という異なる立場を交代で担い他者の視点を体験すること、三つ目はロールプレイングにより犯罪経験自体を検証することをみせている。本作では、これらの学びを通じて、自己内省と再犯防止、受刑者の社会復帰を目指す様子を、受刑者たちの暮らしを通じて静かに伝えている。

まず一つ目は、受刑者が自身の体験を告白し、他の受刑者が質問や感想、アドバイスなどを自由に話すワークショップがある。それにより、皆で協力しながら受刑者のトラウマを探っていく。隠された傷を明らかにし自覚的になることで、当事者が自分の体験を相対化し距離を保つことができるようになっていく。映画では、ワークショップの過程が、受刑者の紹介を挟みつつ映されていく。そこには、児童期の暴力的な被害体験の告白の途中で言葉を失う受刑者のシーンがあった。自分で受け止めきれないトラウマ体験は、言葉にならない声なき声として、当事者の歪んだ表情や言葉が詰まる様子に現れる。ホロコーストをテーマにしたドキュメンタリー映画『ショア』で、被害者であるユダヤ人男性が同様に体験告白中にそれ以上言葉を紡ぎだせなくなったロングテイクのショットを思い出した。

二つ目の、参加受刑者たちが講師・当事者・聴講者の異なる立ち位置から課題について考えることは、自己の問題を相対化し客観的に見つめる機会を生む。映画では、ワークショップの進行役も、受刑者が担当し準備から行う一連のシーンがあった。全体の流れをスタッフと打ち合わせして決め、司会進行しつつホワイトボードにキーワードやアドバイスを書き込んでいく。客観的な立ち位置から当事者の体験を引き出し、他の仲間からの意見も加えながら、それらを整理してまとめていく。これらを通じて、自分の問題と違う点や同じ点を比較したり、自分の問題に対して距離を置き冷静に向き合ったりすることへも繋がるといえる。

三つ目の、犯罪時の出来事をロールプレイングで再体験することは、複数の視点から服役者が自分の事件を考える契機となる。映画では、数脚の椅子と当事者、スタッフと他の数名の受刑者という少人数制で行うシーンがあった。スタッフの指示に従って、自分の行った犯罪について自己の対立した感情や考えを洗い出す。受刑者は2脚の椅子をそれぞれ、自分の相反する視点のいずれか一方に設定し、異なる立場の椅子を座りかえつつ、その観点からの気持ちを話していく。また、仲間の受刑者数名がそれぞれ親や被害者など、事件関係者の役割を演じる。他の受刑者の事件について、関係者の立場になりきって感情や考えを想像しながら語るのである。このように、ロールプレイングによる犯罪の振り返りを行うことで、自分の中にある矛盾した考えや感情、関係者・被害者の視点を想像し再体験することができる。

筆者は、このロールプレイングのシーンで、ドキュメンタリー映画『アクトオブキリング』を思い出した。『アクトオブキリング』では作中を通じて、70年代のインドネシアで、共産主義者を殺害し国民的英雄となった地元のヤクザたちが、監督の指示で当時の経験をロールプレイングする作業がキーワードとなっているからである。この体験をしたヤクザたちは、映画の後半で、被害者の役を経てそれぞれの感じたことを言動で表すのである。そこには開き直りや無関心もあった一方で、自己の殺人経験への嫌悪や罪悪感など内省に繋がるそぶりもみられた。このように、ロールプレイングによる事件の再体験という点において、両作品は共通しているといえる。

本作では、受刑者のその後として服役後の様子を紹介するシーンがあった。受刑者たちは刑務所を出ると、社会生活に戻っていく。その中で様々な悩みや不安が生じる受刑者たちにとって、社会復帰後も信頼できる相手としてTCを受けた仲間やそのスタッフがいるのである。年一回ほど開かれる、TCを受けた元受刑者たちの交流会は、安心して気持ちを話せる居場所として機能している。この繋がりは、彼らの帰属意識を保つ機能を持っている。TC参加者は他の刑務所が6割の再犯率であることに比べて、その約半分以下と再犯率が低いそうだ。一方で、全国の受刑者約4万人のうち、このプログラムへ参加できる受刑者は約40名のみである。国内でのこの試みはまだ始まったばかりで、今後の普及が待たれるものであることが『プリズン・サークル』を通じてわかるのである。

本作の映像の特徴として、登場人物名などのテロップが多く、回想シーンは全て砂絵アニメーションで作られている点が挙げられる。刑務所内での受刑者は、外部の者との接触や顔を映すことが禁止されている。そのため観客は、名前のテロップや声、体形からどの人物なのかを想像して鑑賞することになる。また、過去の回想シーンには、しばしば受刑者のナレーションが被される。テロップや声により、誰のことが語られているのかわかるのである。

トラウマ的なシーンを砂絵アニメーションで再現することの効能は、回想という実写で存在しない映像を、観客がアニメーションを通じてさらに想像することができる点が挙げられる。実写で子供のころ受けた暴力などを再現する場合、児童が暴力的シーンを被害者として演じる際の心のケアの問題や、暴力行為自体に観客の注目が集まってしまいがちだといえる。一方で、本作で使用されている砂絵アニメーションの、柔らかい線や素材感から受ける荒い質感、セピアやグレーの色味の淡いグラデーションなどのイメージは、つらい過去の想起にともなう困難さや、想起される記憶イメージのあいまいさを触感的に観客へ伝える。

また映画のラストでは、受刑者が未来への希望を語るナレーションに合わせて、砂絵アニメーションによる映像が現れる。受刑者たちがトラウマを乗り越えて、社会の中で自分の位置を見つけていく再生のイメージが浮かぶ。砂絵の質感、色味、絵自体の素朴さなどが、触覚的に観客の情動へ訴える。これらの映像から、受刑者たちの心情について観客が想像する契機を生む。

本論では、映画の中で伝えられているTCの具体的な内容や意義、アニメーションの効能についてみてきた。TCは、社会から周縁化された服役者が社会包摂される機会を与える。筆者は、この作品を鑑賞するうちに、あらゆる人にとって、TCのような方法は意義があると感じた。なぜならば、自身の体験の振り返りを通じて、自己を客観的に見つめなおし過去の傷を相対化することは、自己の在り方と他者への向き合い方を再考させる可能性があるからである。そのような作業は、日々を生活する上で多くの人にとっても重要ではないだろうか。


●参考ウェブサイト

映画『プリズン・サークル』公式ホームページ
https://prison-circle.com/
(最終確認:2020年3月19日)  

映画『プリズン・サークル』 坂上香監督インタビュー、Yahoo! JAPAN ニュース、2020年2月14日
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200214-00010000-tsukuru-soci  
(最終確認:2020年3月19日)