シンポジウム①
「アニメーションのデジタル化に伴うアニメーターの将来像を探る」
司会 竹内孝次(FD)
登壇者 井上俊之(スーパーアニメーター)、押山清高(アニメーター、監督)、りょーちも(アニメーター、監督)
日時 3/10(日)10:00-13:00
会場 豊島区役所5F会議室
2D手描きと3DCGを含む商業アニメーション制作について、現状とその原因、これからの課題を検証するトークだった。登壇者のアニメーター三方は異なる世代のため、時代ごとの制作メディア環境の違いも浮き彫りとなった。
現在の課題としては、作業体制のばらつきが挙がった。会社やスタッフごとで、仕事の進め方や知識に大きな差がある。そのことが、デジタル化による効率化とコスト削減を行う上で支障をきたしている。また、作業システムを変えるにあたり必要な、教育環境が整っていないことが多い。
そして、近年のアニメ制作本数の増加により、人手不足で専従人数が増えすぎていることも問題として挙げられた。その結果、仕事に対する技術力や責任意識の低いスタッフが増えているようにみえる。
これら課題の解決方法も、いくつか紹介された。まずは、原画と動画のデジタル化を同時に行うことで、コスト削減を目指す。そして、各工程のスタッフが全体の流れを把握することで、自分の作業の意味や位置を理解し、工程同士の連携をスムーズにする。
全体のコントロールの重要性も挙がった。絵コンテ段階で全作業工程の進行や詳細がコントロールできるよう作りこみ、各スタッフへ情報共有する。それにより、指示通りに作業すれば目指す完成形にたどり着ける。
最後に、少数精鋭での制作環境になるべきと述べられた。デジタル化をうまく利用すれば人数削減できる。それによりスタッフの1作品における作業量や給料を増やし、仕事への責任感や意欲を上げる。
これらを実施することで、アニメ制作環境を健全化し、良質な作品を適正な賃金で制作継続していく可能性が開けるのではとのことだ。
感想としては、立場や世代の異なるメンバーによる議論で、業界の生の声が聞けて興味深かった。竹内氏は経営者視点があり、専従スタッフ全員が生き残れる策を考慮している感があった。一方で井上氏は労働者目線で、仕事を阻害する要素を減らし、真摯に働く適正な技術者のみが労働できる環境を目指しているようにみえた。
また、押山氏やりょーちも氏はデジタル制作に適応した世代で、それらを使いこなし新しい制作体制を実験・実施している。その経験的目線から、今後に必要な制作体制を述べていた。
現況の変化に対応し、労働環境を良くすることは重要だ。現在の慣習を仕方なしとせず、状況の把握をした上で、目標を持って可能なことから地道に実施していくしかない。アニメ業界のことを通じて、働き方についても考えさせられる内容だった。
以下は、メモから起こした議論の記録である。
井上氏によれば、自身が新人時代の原画の完成レベルは、今と比べて低かったそう。当時は動画担当者の技術頼りの面があった。この20年で原画の技術がかなり上がり、原画が動きの詳細を指定するようになったと語った。また、現在のように小物専門のデザイナーなど作業が細分化されていなかったそう。そのため、動画サイドで小物やモブ人物を各自の判断で描きこんでいた。
現在は、原画により絵面はコントロールされ、動画は機械的に描く作業となっている。昔ほど動画アニメーターの自主性が問われなくなった。この流れは、海外発注が進んだことが影響している。その際に、言語が異なる遠距離の相手に短時間で的確に作業してもらうため、伝達方法を各自工夫した結果、国内の作業にも変化が現れたという。
竹内氏によれば、原画がしっかり描かれていれば、3DCGでアレゴリズムにより動かすことへの移行がよりスムーズになるとのこと。一方で、実際はそのための教育はあまり整備されていないそう。
通常、原画は第一原画と第二原画に分かれている。一原はラフ原画、レイアウトを指し、二原は動きの清書といえる。アメリカの例えばディズニーでは、一原が作画全体をクリーンナップ(清書)までコントロールする。二原はその補完を行うサブ的役割だったそう。
日本はアメリカに比べると、原画のコントロールがまだまだシステム化されていない。そのため、動画など各部所が調整し、結果、作業手順に、アニメーターや会社ごとのばらつきがある。押山氏によれば、スタッフの技術力や制作体制の組み方がまちまちなことがある。そうした制作スタイルが、デジタル化していく上で大きな課題点となっているとのこと。
井上氏によれば、近年の制作本数増加も子の状況に拍車をかけているそう。作業増加により人手不足で、本来、適正のない人も雇用されている問題点がある。
竹内氏によれば、アメリカの労働組合に登録しているアニメーターは約4500人いるとのこと。日本は3000人程度。フリーランス中心でアメリカのようなユニオンもない状況のため、正確な人数は不明だそう。
脚本のワープロ打ちに始まり、絵コンテなどは先んじてデジタル化している。絵コンテをデジタル環境で作成した場合、ソフトによっては、そのままビデオ・コンテとして書き出すこともでき、合理的だ。
原画と動画の場合、一連の作業を一斉にデジタル化する必要がある。作画がアナログとデジタルの混在した状態になると、両者のデータ変換の手間が増え作業効率が悪くなる。それには、ひとつの作品に関わるスタッフの技術教育が必要である。そのようなコストが取れない場合が多く、デジタル化には製作会社や人によってばらつきがある。
例えば、ディズニーの『美女と野獣』では、作業工程を一斉にデジタル化し制作されている。また、2000年代から業界へ参入したweb系のアニメーターや監督は、もともとデジタル環境で制作しているケースが多い。山下氏、沓名氏などはその代表例である。業界への参入方法が、従来のアニメーターとして下積みし、演出を経て監督になるルートとは異なる。
アニメーターのこばやしおさむ氏が、業界に新しい流れを導入しようと、こうした新世代スタッフを先駆的に招き入れていた流れもある。
従来の国内の制作方法は工程ごとに管理する形式で、現在はそれが細分化している。こうした方法を再考する時期に来ている。
りょーちも氏は、アニマティクス(AIによる中割の自動生成)の技術をうまく活用すべきと述べる。そのために自社で、実験的に2D手描きアニメーターに、3DCGの基礎的な技術を学んでもらったそう。彼らは約1ヵ月でだいたいの工程を理解できた。この経験により、作業全体を理解し見通すことができるようになった。そして、全体のスケジュールや、他の作業がやりやすくなるよう、自分の工程を進めることが可能になる。
つまり、絵コンテの段階で、動画までの各工程について詳細な指定ができるようになった。それにより、各部署が指定通り作業すれば、目指す完成図にたどり着けるのである。大規模な制作システムをコスト的にも問題なく動かすには、そのような効率化が必要であるとのこと。
スタッフ全員が全体の流れを把握することで、自分の仕事の役割や位置を理解でき、ワークフローがスムーズになる。それには、完成動画がどのような構造で作られるのか理解していることが重要である。現在はデジタル化によって、各工程がわかりやすくなった。作画画面を動画撮影して情報共有したり、ツールの設定値を教えあったりするなど、作画する上でのテクニックをデータ化して共有フォルダに置いたり、メールで送りあうことが容易になったからである。
その上で、デジタル化することにかかるさまざまなコストの責任は誰が負うのかが、重要な課題である。原画スタッフが仕上がり確認のため、仕上げや編集までした場合、その対価が支払われないケースがあった。事前の取り決めがなかったとはいえ、作業効率を上げる結果となった作業が、スタッフのボランティアになってはいけない。ばらつきのある作業工程のデジタル化について、その責任は誰がどのように負うのか、明文化が必要であると井上氏は語った。
また、デジタル化により少人数で早く動画が完成できるようになった。そのことにより、仕上げや編集など、ポストプロダクションへのスケジュール的なしわ寄せが発生している。デジタル化によって着彩や特殊効果、編集が以前より短時間でできるのだから、スケジュールがより押してもいいだろうと、アニメーター側が考え進行が遅れるのである。こうしたことから、スケジュールや作品の質、コストの悪化が生まれている。
井上氏によれば、自身がアニメーターになったころの原画は1700円/枚で、今は4200円/枚に単価があがった。その反面、動画は160円からの40円増で200円になった程度である。そして仕上げはデジタル化により省力化され単価は下がったものの、時間ごとの制作枚数は上がったので、結果的に収入が増加した面もある。
また、竹内氏は、制作会社が外注で、動画+仕上げというパッケージで依頼するスタイルはアナログ時代からあったと話した。
11:20-11:30 休憩
押山氏は、最近、尺が17分で約200カットの短編アニメーションを4か月ほどかけて仕事で制作した。その際に、絵コンテから仕上げまで一人で行った。原画と動画を、最初はフォルダ分けしていた。両方とも自分で制作し、他人に作業を受け渡さないため、その分類は意味をなさなくなった。
新人育成事業の「あにめたまご」では、6か月で25分、300カットをグループワークする。原画だけで8名程度が作業する。それと比較すると、作業効率がかなり高いと言える。
井上氏は、制作に関わる人数増加や作業工程の細分化、作品数増により、各スタッフの担当作業が減り、責任意識が低下していると語る。一人一人が作品に関わる度合いがもっと上がれば、制作側のモラルも上昇するのではという。
竹内氏も、例えばテレビシリーズ一話のうち10カット作るより100カットの方が、作品に対する達成感や責任感が出るだろうと語る。制作進行がコントロールする人数も減り、管理が今よりは楽になる。アニメーター松本のりお氏のように、率先して外部の新勢力を取り込む流れの機運もあるとのこと。
りょーちも氏は、アニメ業界外の企業と仕事をするにつれ、制作会社には、報告連絡相談の基本がない人が多いと、しばしばいわれるという。その結果、外部企業からアニメ業界へ発注する際に、一括注文が難しく、各工程に対して依頼側が細かく注文を伝える調整が必要になってしまっている。外部企業とアニメ業界の中間でそうしたことを調整する人材や部署もないため、外部企業のスタッフが行わなければいけなり、作業が増えているそう。
アニメ業界は、そうしたことに対応するにも、自転車操業でやっているため時間もなくシステム改良できていない。各人で危機管理対策するしかない状況になっている。竹内氏は、会社でそうした改善を取り組む必要があると語る。その上で今後の若手に求められることはなにかを議論した。
井上氏は、業界全体が、1作品1スタッフ制作が前提にならないよう、全工程の流れを把握しつつも、専門作業中心で制作することが望ましいという。
竹内氏は、3DCGアニメーターは、制作においてプライマリーとセカンダリーという概念があると述べた。プライマリーは、主となる重要な動きを指し、セカンダリーは従となる小物や髪の毛などの動きを指す。
りょーちも氏は、主となるキャラの演技はAI化されないのではという。3DCGでいうプレビズとは、絵コンテや制作上での事前の実験・試行錯誤など、作品の基盤作りの段階を指す。そこがしっかり組まれていると完成形が構造として見えるため、ポストプロダクション段階の編集へとスムーズに連携できるそう。
押山氏は、声の前撮りをするプレスコや、デジタル環境下でのシュミレーションも検討すべきという。また、竹内氏は、テレコム社時代に情報の共有化により、共同作業や技術向上を目指す取り組みを行ったとのこと。りょーちも氏は、少人数スタッフ制がベストだという。
竹内氏は単価を上げてスケジュールと技術、モラルを向上すべきという。井上氏は、スタッフの自然淘汰が必要という。また、ネットフリックスや中国などの外資で制作費が上がっていることも述べた。
竹内氏は、社外秘データが多いので、どうしても一か所で作業を集約する必要がある反面、インターネット環境のおかげで、作業場所を問わない状況になってもいるという。井上氏は、現況は、欧米中と日本を比較すると、多様なビジュアルが採用され、その地域性は減少し、各国作品の見えの差がなくなってきたと語った。
竹内氏は、フランスでは毎年1000人ほどのアニメーションを専門に学ぶ学生が卒業すると紹介した。現在、パリでは300人程度の優秀なアニメーターがいる。それに比すると、日本では3000人ほどのアニメーターが居ると予測される。やはりスタッフ数が多いのではと話した。
りょーちも氏は、自分の作業単価を正確に把握できてないアニメーターがほとんど。実労働時間から単価を割り出すべきができていないという。そして竹内氏は、1枚の動画を仕上げる際、線や手数の多さを考慮した作業工程ベースの賃金設定が必要と語る。
井上氏は、今のキャラクターデザインが複雑すぎ、イラストのような絵が動くことが当たり前となったことを紹介した。アニメはイラストではなく、あくまでも動きを見せるものなので、もっとシンプルなデザインにすべき。予算にあった作業量を業界全体が認識しなければいけないとのこと。
<用語>
原画 第一原画と第二原画に分かれる。2D手描きでは、第一原画と第二原画を原画という。3DCGでは、原画とキーポーズ(中割)を合わせて原画とよぶ。
編集 制作したカットを1本の動画としてつなぐ作業。
コンポジット 合成の意味。アナログでは、背景と動画をアニメーションスタンドに設置し、カメラ撮影され動画になったものを編集すること。デジタルでは、紙に描いた背景と動画をスキャナーで読み込むか、ペンタブなどで描いたデジタル画に、仕上げ(着彩)を施したものを、編集ソフト上で異なるレイヤーに置いて合成し、かつそれらの集積であるカットを繋ぐ作業。
ショット カメラで撮影された一連の動画を指す。通常、実写の場合に使用。英語ではshooting、filmingという。
カット 編集する際に、撮影したショットを使用したい部分だけ切り取った一連の動画を指す。
※ショットとカットを区別しない人もいる。両方とも、動画の最小単位。これより大きい単位はシーン、シークエンス。