2016年秋アニメで話題を呼び、後半に行くにしたがって視聴者数が伸びた作品『ユーリ!!! on ICE』。2期のあるなしは現時点で不明とはいえ、グッツやイベントなどまだまだ盛り上がりはこれからという感だ。
監督・山本沙代氏と漫画家・久保ミツロウ氏により、数年をかけて入念に準備された本作は、一見、女性向けに見える。その根拠として、放送開始後、徐々にBL要素を含む2次創作のイラストや漫画、小説が、イラストコミュニケーションサービス「pixiv」で増えはじめた。
また、放送中盤過ぎた頃から同人誌即売会の女性向けオンリーイベント「銀盤のglory」(主催:スタジオYOU)が開始、終了時期の12月末には、アニメイトや明輝堂等、各種専門店の女性向けコーナーで同人誌の取り扱いが続々始まっている。
年末恒例の大規模即売会「コミックマーケット91」(主催:コミックマーケット準備会)では、開催期間3日間いずれの日にも、さまざまな女性向けジャンルの中に本作の2次創作本が売られていた。なんと、男性商業漫画家による全年齢向け本も2種出ていた。
本作の特徴はなんといっても、通常の脚本の代わりに、久保氏が作成するネーム(漫画原稿の絵コンテ的なもの)が基盤となっているところだ。
回を重ねるごとに、視聴者の予測の斜め上を超えていくストーリー展開に、2次創作漫画原稿の軌道修正がたいへんとの噂もネットでしばしば見かけた。キャラクターの魅力に加えて、そうした予測できないストーリーのおもしろさも手伝い、注目が増したといえよう。
また、一番印象的だったのは「リアリティへのこだわり」だ。本作の制作サイドのインタビュー記事がネット上やアニメ専門誌などで発信されている。その中でも、リアリティへのこだわりが感じられる解答が各スタッフから挙がっている。
制作サイドのリアリティへのこだわりについて、詳細に見ていくとしよう。
まずは、通常のストーリー物アニメで現在一般的な手法、ロケハンによる背景を、写真的な透視図法で描くということが挙げられる。本作の聖地は佐賀県唐津市だ。すでに聖地巡りを放送中に済ませたファン、そのファンによる、SNS、ブログ等での聖地巡り情報発信や聖地巡り同人誌なども存在する。
また、スタジオYOUによる、同人誌即売会と聖地巡りがセットになった企画も予定されている。
次に、実際のフィギュアスケート振付師・宮本賢二氏による演技振付だ。登場キャラクターの演技20作品ほどを振付した。また、2週間かけて実際の演技を撮影した。撮影映像はアニメの演技シーン作画に参照された。
そして、選手たちが纏う試合時の衣裳は、全てチャコットのフィギュアスケーターの衣裳デザイナー・佐桐結鼓氏によるデザイン原案だ。実際に着ることのできるようなものを、キャラクターの特徴に合わせて、素材も考慮しデザインされた。主要キャラクターの衣裳は実際に制作され、イベントで展示された。
本作は、様々な国の選手が登場するため、キャラクターの設定には、実在の選手や俳優などが多分に参照されている。
キャラクターは、青年誌で活躍する久保氏の原案と、リアルに寄せた画風が得意な平松禎史氏のデザインだ。そのためか、人種別の身体的特徴やバランス等もどちらかというと、アニメ的で記号的な画風より、若干リアルに寄せられている。
また、作中に登場する、食べ物や演技曲、試合会場などにも、世界各地の特色が乗せられている。実際のフィギュアスケート選手、彼らを取り囲むスケート業界やスケート・ファン文化も参照され、登場キャラクターの言動、技や試合会場の雰囲気、ファンの反応など、様々な部分に生かされている。
そこには、山本監督と久保氏が、国内外のフィギュアスケートの試合等を実際に観戦して得た経験が生かされている。
あまつさえ、現実のグランドファイナル開催に後半が重なる時期になっており、放送局のサイトではアニメと実際のグランドファイナルが一緒に紹介されたページがあった。
音声の面で言えば、実際のスケートファンのアナウンサーやフィギュアスケート選手(テレビ朝日アナウンサー・加藤泰平氏、織田信成氏、ステファン・ランビエール氏)が、試合の解説者等として、声とアニメ絵で登場する。
アニメ作品の中で、生身の声優が発する声が、ほぼそのままキャラクターの声となる点で、声はダイレクトに現実と繋がる要素だ。
また音響の面でも、演技シーンのスケート靴が氷を削る音、歓声などの背景的な音を細かく入れ込んでいる。スケート靴で滑る際に氷が削れる音は実際に録音したものが使用されている。
最後に、国内外のアニメファン、実際のフィギュアスケート選手からの反応が、SNSなどで見られた。本作は、SNS、特にインスタグラムを効果的に使用している。実際の選手たちも日々の画像をインスタグラムでアップロードしている。EDアニメ―ションは、主要キャラクター達がSNSにアップロードした画像という設定で構成されている。
このように本作は、現実の環境をさまざまな面から取り込んだ作品になっている。
本作だけに限らず、アニメとファンの関係は、作品のキャラクター・ストーリー・世界観と現実との、ファンによる反復と消費が挙げられる。
ファンは、作品を何度も視聴する。動画投稿サイトの違法アップロードを含め、自分で録画したものやネット配信期間中、DVD/BDが発売したら購入者はそれらで何度も作品を視聴する。
そして、放送開始後、発売されていくグッツ類は、ファン同士で競い合うように購入される。好きなキャラが被らない同士で、セット売りグッツの共同購入や交換など、どちらかというと連合する動きが大きい。いち早くグッツを持つことがステイタスとして機能するし、仲間も見つけやすい。
2次創作では、同一作家が似たようなストーリーを何度も描く。CPの初めてのデートや性的行為等、同じエピソードを、シチュエーションを変えて一から描かれることはしばしばだ。数冊を通して話が連続するケースもあるが、パラレルワールドとして関連しない場合も多い。基本的には原作に沿うため、複数の作家が似たようなシチュエーションや展開の話を2次創作することも多い。
こうして、2次創作作品のファン(原作、2次創作作家ファン等)は、漫画化、あるいは小説化された好みの妄想を繰り返し楽しむことができる。
聖地巡りは、現実とフィクションの場が重なる契機でもある。聖地に訪れ、アニメ中に出てくる背景とできるだけ同じ角度から写真を撮ることは、ファンにとってステイタスの一つである。
ロケハンされたアニメに登場する風景を自分で歩き、アニメと同じ角度からの写真を撮る。キャラクターと同じ目線で世界を観ることで、作品映像を思い出し、アニメの世界と自分の現実が重なる。キャラクターに扮したコスプレイヤーが居れば、さらにその二重性と反復は増す。
また、全話オールナイト上映会やトークイベントなどでも、反復による体験の補強が成される。
こうした、現実との多様な関連性は、どんな効果があるのだろうか。
現実の出来事とフィクションがリンクしているように見えることで、ファンは作品により親近感を持つことができる。
また、これら全てが、視聴者による作品への投資とファン同士の交流を促す。ファンは先に紹介した様々な方法で、作品を通じて感想や妄想を共有する。また、ファンであると同時に(2次創作、場合によってはオリジナル)制作者という人も多い。端的には、ファンはこうした体験、作品自体や仲間との交流を通じて、毎日のルーティンワークに彩りを添え、活力としている。
1つの作品はこうした反復によりどんどん消費される。この反復から抜け出して続いていくのは、ファンとスタッフだ。ファンは消費しきった時、またはその半ばで別の作品へ興味を移していく。声優は、他の新作のキャラクターへとスライドされ、スタッフも、他の新作を生み出すことへスライドされる。マーチャンダイジングも然り。
しかし、こだわりを持って丁寧に制作された作品は後々にも残っていくと信じたいなぁ。。
参考
・ニュータイプ2016年12月号 『ユーリ!!! on ICE』特集記事(貸していただいた)
・アニメージュ2017年1月号 『ユーリ!!! on ICE』付録冊子(貸していただいた)
・『熱風』2017年1月号 テレビアニメ制作に関する特集記事(貰ってきていただいた)
・『ユーリ!!! on ICE』公式サイト
・SNSやブログ等、個人による関連した投稿や記事
・友人との会話
など