寒くなりましたね、ミドリンゴです~。この前、矢場町近くのスパジオ・リタさんで、展覧会『ケルベロス・セオリー』を観てきました。感想を書いたのでアップします。
傾聴と遊歩の再帰性3名の作家の声明を示す展覧会タイトル『ケルベロス・セオリー』は、マイノリティにとってのセーファー・スペース――安全な空間を守る門番のような役割を示している。ここで言うマイノリティは、多様なジェンダー・セクシュアリティのみならず、何らかの社会的違和や弱さをかかえた人たち全てを含むだろう。飲食、音楽、アートなど文化的イベントを実施してきたフレキシブルな空間spazio ritaにおいて、展覧会を通じた作家と来場者による交流の場とも言うべき一時的な空間が立ち現れている。コンクリートのざらっとした質感の床や壁に薄い照明が落ちるなか、作品の間を遊歩しながら鑑賞し、時には椅子やラグの上に掛けてドリンクを飲みつつ、この場自体を体感することができるのだ。このような体験は、作品メディアと空間を通じた作家による複数の声や、遊歩と停止による複層的かつ流動的な鑑賞を通じて味わうことができる。さらに、本展覧会のタイトルとステートメント、作品から、他者への配慮や自分の在り方を想像することも可能だろう。『ケルベロス・セオリー』は、社会生活を送るなかで、どのような過ごし方が自分や他者の居心地よさや安心を育めるのかについて再考する契機を与えてくれるといえる。
複数の作り手による声明は、平面や映像、立体、音声と音楽など多様なメディアを通じて空間を満たしている。まず、エリフとMethy、山もといとみによるテーマに沿った音楽が会場を満たしている。エリフは、フェミニズムや対抗文化に関連している「パンク」に注目した選曲、Methyは、華語語系アーティストによるクィア文化に寄った選曲とのことだ。展示作家の1人である山もといとみの選曲は、アーティストのステートメントともいえるトラックを示している。入口の正面奥に配置された、Moche Le Cendrillonの映像作品は、壁面にプロジェクションされた、単なるルッキズムとは異なる多様性を重視したファッションショーのドキュメントと、女性性の再構築を通じて作家自身の問題意識をみせる3つの連作がそれぞれモニタで表示されている。
これらの映像作品と入口の間には、山もといとみの作品群が配置され、会場内で様々な声に聴き入る停泊地のような姿をみせている。それは、白い木のベンチとラグで構成されたコーナーだ。ベンチやラグの上には、山もとがお薦めする、社会のなかで自分の位置付けを再考する手がかりとなるような複数のZINEが置かれている。これらは、デザインが凝った誌面のものであったり、手づくり感のある寛いだ文体のものであったりして、パラパラと眺めるだけでも楽しめるだろう。また、作家により手づくりされたポップなデザインとカラーのラグは、展覧会のテーマに沿ったタームが打ち込まれている。山もとの作品に掛けながら観ることも可能な、壁面に沿って展示しているYOU YOUは、作品同士の関連性が見いだせるようなテーマにみえる。それは、日常に埋め込まれた性的なものを、どのように見つめ/見つめられるのかについて鑑賞者に問いかけるような構成なのである。最後に、本展覧会のZINEも印刷中で見本誌のみ掲示されていた。このように本展覧会は、音楽、映像、文字、本、インテリア、立体、平面などの様々なメディアを通じて複数の声を伝えているのである。
このような場は、複層的で流動的な体験を観客に与える。ショッピングモールや市街地を目的なくふらふらと歩くことは楽しい。あちこち自由に見ながら歩きまわる行為は、日常の中に新しい発見を生むことがある。映像作品は4つの画面があり、歩きながら見つめ、立ち止まって鑑賞する際にも各映像を交互に眺めたり、一つに見入ったりできる。投影された映像作品の字幕を読み、流れる音楽の詩が耳にふわっと掠めるように残る様を自由に受容できる。木のベンチやラグに掛けて映像を眺めるもよし、設置されているZINEを読みつつラグの触感を手で確かめるもよし。座るのに飽きたら、また歩いて壁面に近寄り、テキスタイル状の作品や絵画作品などを仔細に眺めることもできる。このように、立ったり座ったりして散策しながら様々な声の重層性を体験できるのである。
この会場で過ごすことは、他者への配慮を再考すること促すかもしれない。様々な存在の声が会場内に散りばめられていることや、それらを移動しながら鑑賞することは、散漫と集中が重なる多様な濃度の鑑賞体験を育む。それは、ゆっくり眺めたり傾聴したりすることを通じて、自己と他者の関係性や互いへの配慮について考えることを促すような構成ともいえる。3名の作家とその関係者によって作られた場は、人によっては居心地が良いかもしれず、あるいは落ち着かないかもしれない。もし、ここで違和感や落ち着かなさを覚えたら、立ち止まってなぜそう感じたのか考えるといいだろう。自分にとって何が快なのか、他者の良しとするものごとが自分にとってそうでない時、なぜそう思うのか。当たり前に感じていたやり方と異なるから不安になるのか、考えたことのない未知のものだから不思議に思うのか、単に興味が沸かないだけなのか。そうしたことを通じて、自己と他者への関係を再び撚りなおすのである。このように『ケルベロス・セオリー』の鑑賞体験は、日常生活の中で他の人たちとどのように関係を取り結びながら一緒に過ごしていけるのかについて思いをはせることができる一つの機会だといえる。
タイトル ケルベロス・セオリー Cerberus Theory
会期 2021年12月8日(水)~22日(水)13:00-20:00
会場 spazio rita (名古屋市中区/地下鉄「矢場町」から徒歩5分)
作家 YOU YOU、山もといとみ、Moche Le Cendrillon
展覧会URL:
https://twitter.com/cerberus_theory入場料 要1ドリンク注文(300円)
※12/19(日)17:00~イベントがあるそうです!
ドラァグショー&読書会「デパントによせて」*参加費寄付制
ショー出演 クリトリア女郎、Moche Le Cendrillon
展示タイトルの元になったヴィルジニー・デパント『キングコング・セオリー』によせて、ドラァグクイーンたちによるショー(10分程度)と読書会(1時間程度)を行います。